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前回につづき「苗族刺繍の世界展」より… 美事な刺繍と藍染めの様々な布片や民族衣装の展示品のあいだを、うっとり見とれながら、ときには触ってみたりルーペで仔細に拝見しながら歩きまわっていたら、ふと、おままごとのような可愛らしい道具が目にとまった。立ち止まって眺めていると、エスニカのお店の方が「手に取ってご覧になっていいですよ」と声をかけてくださった。

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デミタスカップに添えられるような小ぶりのスプーンくらいの大きさの、愛らしいヘラのようなもの…と思ったら、ロウケツ染めの道具なのだそう。把手のついた小皿にロウを入れ、その下のカップ状のところに火を入れるか湯煎にかけるかして、溶かしたロウを、この小ぶりのロウ刀で描いていくのだそうだ。ロウ刀は絵柄の細かさによって何種類かを使い分ける。優れた描き手はロウ刀も自作するそう。

そうして描いたロウ描きの見本として展示されていたのが冒頭の写真のものだ。

描線の細やかさに感心したのとともに、描かれていた図柄に、ちょっとビックリ。なんだかゲンゴロウのような虫と、魚なのか鳥なのかあるいは百足なのか…よくわからない生き物が配されていて、ちょっとグロテスクだけれどユーモラスでもあり。わざわざ藍染めの布の図案になっているからには、作り手個人の好き嫌いを超えて代々伝え継ぐべきものとしての存在なのか? 単に、作者が日々の生活で身近な水辺の生き物を愛おしんで描いたのとも、陶皿などの絵付けに食材としての魚や海老などが描かれるのとも、またちょっと違うような感じがした。

ここで微かに感じたひっかかりは、あとからいくつか本を読むうちに、少し納得がいった。

 池の水爬虫(水中に住む黒い甲殻類、タガメ)や川底のどじょうは、形もきれいではないので、ふつうはあまり絵の題材にならない。ところが苗族の刺繍やロウケツ染めには、これらが出てくる。これは苗族の女性が単に自然界にある動物をとりあげたのではなく、古代における苗族の動物に対する崇拝と結びついており、伝説で浄化された動物が人々に美感を与えているためである。

水爬虫とどじょうにまつわる苗族の伝説では、こうなっている。 ー彼等のあいだで、先祖代々踊り継がれてきた太鼓踊りは、苗族の始祖姜央が啄木鳥の木をつつく音を聞いて太鼓のリズムを作り、また水爬虫の回遊するさまを見て踊りの輪とステップを考え出したものが、のちにまで伝わったものであるという。また民間に伝わる物語の「果羅悶」では、金持ちが鉄人を使って泉水の湧き出る穴をふさいでしまったので、田畑は乾ききってしまい、百姓は暮らしていけなくなった。そこでどじょうが百姓たちに鉄人に穴を通すやり方を教え、とうとう金持ちはその水に押し流され、田畑も元の良田に戻ったという。ー  こうした伝説に表われる水爬虫とどじょうには、大自然の啓蒙を受けて邪悪な勢力と闘う貴州苗族の夢が託されているのだといえないだろうか。  『色彩夢幻ー貴州省苗族の刺繍ー』第三章 貴州苗族の習俗と刺繍〜伝説と模様(嵇 信群)より

 

…そうか、田んぼの水爬虫(タガメ)やどじょうが図案化されていたんだ… そして彼等に対する親愛と崇拝の念が、民族の伝説を通してロウケツ染めや刺繍の図柄にまでなって、後世に伝えられてきているんだ… と、あらためて、古来から文字をもたない苗族の、伝統的な習俗や染織刺繍の奥の深さに想いを馳せた。

 

このようにして、やはりたくさんの工程を経て完成される藍ロウケツ染め…なかには極・細密文様のロウ描きのものもあり、もちろん、染織後に飾り刺繍が施されるものもあり。

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藍染め、ロウケツ染め、そして細密な刺繍…それら全てが、大自然とともにある日々の農作業や家事のあいまに寸暇を惜しんで行われ…苗族の若い娘は、幼い頃から、母や祖母に染めや刺繍の手ほどきを受け、晴れ着はもとより、花嫁衣装や嫁入りの布団、産まれてくる子どものための産着などまで、自ら手がけるのだそう。刺繍上手の娘さんは、とってもモテるのだそうだ!!

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このエスニカさんの展示では「ねんねこ」や「背蓋」がたくさん出品されていて、晴れ着の刺繍や細工の艶やかさ細やかさに負けず劣らず、丹念な愛情深さの感じられる華やかなものが多いように感じた。

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なかでも、こちらの「背蓋」は、とても明るく美しい色調の細やかな図案の刺繍がビッシリと全面に隙間なく施され、ほんとうに美しい。この日、一番に私の心に訴えかけてくる刺繍だった。ピンで留めてあった解説の紙を見ると、子孫繁栄を願って考案され刺繍された、とある。

“子孫繁栄” …世界中どこへ行っても、究極の願いなのだろうな… などと、子どものいない私は、ただ漠然と感じるままに、その日は会場をあとにした。

 

***

 

…家に帰ってからも、この苗族の刺繍のことが頭から離れない。刺繍の素晴らしさとともに…なにか深いところで気になっていた。「苗族民話集」(村松一弥 編訳、東洋文庫260、1974年)という本を買って読んでみた。文字をもたない民族なら、かならず口承で伝わる民謡や民話が盛んなはずだと思ったのだ。

この本は「苗族民間故事選」(人民文学出版社、1962年、北京)の全訳だそうで、原書は編纂時に集められた400篇あまりの民話から53篇を選りすぐって刊行され、その53篇を作品の配列は原書のまま、全作品を 古代神話・農民蜂起の戦記物語・恋物語・農民狩人のとんち話・動物昔話のたぐいのおとぎ話 の五群に類別して、日本の読者のために苗族の風俗習慣や歴史についての編者の解説を加えて編まれている。

苗族の住む中国西南部山地は、日本と同じく東アジア独特の照葉樹林帯に属し、厳しくも豊かな自然環境のなかで焼き畑農業などを主として暮らしを営む風俗習慣にも、民話にも、日本に通じるものがかなりある。

読んでみて、自然や動物をよく観察して特徴をつかみ、自分達の生活や日々の喜びに活かしていく苗族の人びとの、逞しい生活者でありつつ芸術性豊かな民族性が、とても活き活きと伝わってきた。愛情の物語にも、農民蜂起の闘いの物語にも、毅然として迫害者や権力者に立ち向かい、民族の暮らしぶり、大切なものを守り抜こうとする姿勢が一貫していて、苗族の気骨が伝わってくる。

 

***

 

12年前、中国に旅したときに目にした桂林の光景…そして「世外桃源」でわずかに触れ合った苗族の人たちの笑顔の記憶が、あらためて甦ってくる。

桂林では、中国の破墨山水と称される水墨画でよく目にしていた、大河に急峻な奇岩山群がそそり立つ、まさに世界の奇景七不思議の一つともいわれる景色が眼前に広がり…あの破墨山水は実際の景色を忠実に表しているのだ、と妙に納得したことを思い出す。一見、風光明媚で牧歌的なのどかな景色…とは裏腹に、桂林はまさに天然の要塞で、実際、今でも中国の主要な軍事拠点の一つとして、街中には、練り歩く観光客をよそに、たくさんの軍人や戦車が行き来していた。

そして、そんな桂林から向かった「世外桃源」…観光客向けの少数民族紹介のテーマパークのようなところ…では、まさに桃源郷のような豊かな自然美に恵まれた牧歌的な風景のなか、様々な少数民族の暮らしぶりや習俗にダイジェスト的に触れ合えるようにセッティングされていて、実際にいくつかの少数民族の人たちと輪になって踊ったりもできたのだが… とりわけ私には、苗族の若者たちの笑顔が、ほんとうに純真な、魂の底から輝いているものとして感じられ、とても親しみ深く、つよく印象に残った。

そこから類推しても…民話に語り継がれた苗族の悠久の民族の歴史と闘いの物語からしても… 中国の人口の大多数を占める漢民族との関わりのなかで、苗族が、中国東南部の揚子江流域の比較的開けたエリアから、どれほど必然的に中国西南部山地〜インドシナ半島北部の厳しい自然環境の中に追いやられていったのか、どれほど熾烈な闘いがつづいたのか… そんな過酷な民族の歴史を経てもなお、不屈の精神を保って、大自然とともにある自分達の日々の営みに、どれほど喜びと誇りをもって生き続けているのか… 朧げながら想像してみる。

 

そんな営みのなかで彼等が守り続けて来た風俗習慣…祭り、笙や謡や踊り、民話、そして日々の農作業や家事の合間に苗族の女たちがせっせと手を動かして作り伝えつづけられてきた美しい民族衣装…

子どもは民族の宝… 子どもを負ぶう ねんねこ や、その上から晴れ着としてかける 背蓋 に、 “子孫繁栄” の願いや祈りを込めて施された、氣の遠くなるほどの手間ひまをかけた苗族の染織刺繍…

 

あらためて 深く心うたれます

 

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まだまだ苗族についての知見は入口を覗いた程度ですが… 今回、私が参考にした本を、参考文献として記しておきます。

 

「色彩夢幻ー貴州省苗族の刺繍ー」京都書院アーツコレクション⑫ 京都書院 1997年

「苗族民話集ー中国の口承文芸2」東洋文庫260 村松一弥 編訳 平凡社 1974年

「中国貴州苗族 染織探訪18年 布に踊る人の手」烏丸貞恵・烏丸知子 著 西日本新聞社 2004年

「Stiches & Stories 苗族刺繍の世界展」

「ミャオ族刺繍を育てる会」