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ちょうど前回のブログを書いた日から今日まで(3/26〜4/9)の間を、日本の旧い暦の二十四節気七十二候では、春分 次候 櫻始開(さくらはじめてひらく) 〜 春分 末候 雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)〜 清明 初候 玄鳥至(つばめきたる) と表すよう。

まさに今年の東京では、3月26日に桜の開花宣言があり、その週末には春の嵐のような大風やお天気雨に見舞われて、染井吉野もだいぶ散りかかり、、燕の姿は残念ながらあまり見かけられないけれど、街中にピカピカの新入生の姿が目立つようになってきました。

…天文学上では冬が去って春が訪れる、そんな季節の変わり目に。ちょうど前回のブログを書き記す前夜に、いままで大変お世話になっていた方の訃報が届き、気持ちの整理のつかないままにブログの原稿をしたためて。

それからの二週間…一方では、新しい出会いやこれまでの関係の深まりを悦び、満開の桜を愛でつつ…縁の下の力持ちのように目立たぬところで支え続けてくださったその方の存在が喪われてしまったことと、やはり今まで定番のようにとらえて安心して取り組んでいたいくつかの仕事が節目を迎えボリュームが半減したり終わってしまったりすることの喪失感と不安感とが重なって、とても複雑な心境で過ごしていました。

そんななか、春分の日を過ぎた頃から、朝方、起き抜けに、くっきりとしたイメージの短い夢を見るようになりました。
とても嬉しいお告のような夢だったり、ときには「何をやっているんだ」という叱咤激励のような夢だったり、、その内容に応じて、今の私に直接効き目のあることを見越しているかのような影響力のある人物の姿を借りて訪れるメッセージの数々に、明るい気持ちで目覚められることが屢屢。そんな有り難いメッセージに応えられるように、くよくよしてないで、現実世界でがんばらなくちゃ。。。と、励まされています。


ちょうど 清明 の 玄鳥至(つばめきたる)のタイミングで… 一昨年の春の二度目の個展の頃から何故かカメラを向けにくくなっていた、人のいる日常風景のスナップ撮影の触覚が、また働くようになってきました。

いままで支え育んできてくださった方々のご厚意に報いるためにも…とにかく撮り続け、歩み続けていかなくてはね。

それが、なによりの供養となると信じて。

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