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むかしむかし、動物と人間のさかいめがまだなかったころ、
神々が地上と天海を行き来していたころ、
人間は多くのものを失くした。
神話が語る世界のあらゆる成り立ちは、
すべていちど喪失から再生し、現在の形となったといえるかもしれない。

仙台に行ったのは、1年半ほど前、友人の結婚式だった。
松島まで足を延ばし、遊覧船に乗って、追いかけてくるカモメをいつまでも見ていた。
風光明媚で穏やかで、出会った人々も皆一様に親切で、なんていいところなんだろう、と感激した。
その場所が津波に呑まれてしまったことを知ったときは、ショックで言葉がなかった。
たった一度行ったことがある場所なだけでも、知り合いがいるというだけでも、とてつもなく大きなものを失ったように感じて、その何十倍も何百倍も辛いであろう渦中の人々の気持ちを私は推し量ることしかできないけれど、ただただ、あの穏やかな街と生活がすこしでも早くすべての人に戻ってくることを祈っている。

物事の受け取り方やスピード、アウトプットの仕方は人によって様々で、それでいいと思っているけれど、自分はまだ多くの人に関わることを言葉にするのに躊躇する。
政治家の失言のようなことは避けたいものだし、どんなに前向きなことを述べてもそれをまだ受け入れられない人がいるかもしれないことをおもうと、誰かを傷つけない言葉がありうるのか、わからない。
だから自信はないけれど、すこしこの時期だから書いてみたいとおもう。

10年前のこの時期、9.11のテロの直後に、私はNYに旅立ったのだけど、
ちょうどその日に「猫の王様」を書いた姪が生まれ、今年でもう10歳になる。
3月11日からちょうど半年後という日付の偶然性に、因縁めいたものを感じた人は多いとおもうけど、私も地震につづく原発の事故で都内にいても不安や恐怖で張りつめたような空気の時期に、あの時に似ているな、と思い出していた。
留学生の多くが街から去ろうとしていたときに、(飛行機が飛ばなかったので)一週間遅れで到着し、予定どおりその後の留学生活をはじめたのだけど、そのときのNYはそれ以前とは明らかに空気がちがっていたのを憶えている。救急車やパトカーのサイレンが妙に耳につき、地下鉄にはライフルを構えた警備の人たちがいて、殺気だった物々しさがあり、TVでは炭疽菌やらのニュースが連日報道されて恐怖を煽っていた。
ただ、その後しばらくNYに居続けて街の様子の変化を肌で感じていたので、それが一時的なものであることもわかっていたし、放射能とテロは違うとはいえ、どこかで希望をもてたのは、どんな状況下でも努めて冷静に行動しようとする人たちがいて、少しずつ街に冷静さが戻って来て、同時にそれまで感じなかった人の強さや結束力が生まれてくるような気がしたから。
9.11のあと、ニューヨーカーが優しくなった、という言葉を耳にした。
人の意識というのはつながっていて、個人の不安や恐怖が簡単に伝染してしまうのとおなじように、その逆の作用もまた大きい、のだと感じる。
だから、いまの日本も、災害や事故を乗り越え、正しい方向へ向かう過程にあるのだ、と信じたい。

現代(西洋)文明に批判的な立場で、
南米のインディオなど無文字社会における神話を研究していたレヴィ・ストロースの言葉。
「私たちの社会には、もはや神話は存在しません。人間の条件、自然現象の提起する問題を解くために、私たちは科学を頼りにします。しかし、人類が数十万年、いや数百万年にわたる人類史を通じて神話に求めてきたものは、私たちをとりまく世界の秩序と、私たちが生まれた社会の構造を解き明かし、その存在理由を示す事であり、世界全体あるいは個々の社会が、資源の時に創りだされた姿のまま存続してゆくであろうという、心を安らかにする確信を与えることでした。
社会秩序と世界観に根拠を与え、物事をかつてのありかたによって説明し、物事の現状を過去の状況によって正当化し、そこから将来を考える、という無文字社会で神話の果たしている役割はそのまま、私たちの文明が歴史に課しているものです。しかし私たちは唯一の「歴史」が存在すると信じつつ、それぞれの政党、社会集団、ときには個々人によって異なった物語を主張します。そしてそれは神話とは逆の目的のために語られるのです。」

きっと、起こってしまったことから出来ることは、そこからなにかを学ぶことであり、神話的な役割として、その事実を語り継いでいくことなのかもしれない。