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2012年、新しい年が明けて、もう1週間以上が過ぎた。
皆さんはどのように新年を迎えられただろうか。
 
お正月気分も抜けて日常の慌ただしさが戻ってくると、ふと年が変わっただけでなにがそんなに違うのかと不思議になるけれど、実際には何かが劇的に変わるわけでもないのに、私はまるで自分自身が細胞から生まれ変わったかのように新しい自分になれる様な気がしていたりする。
現実には歳をとっていくだけだというのに、この清々しい気持ちはなんだろう。
脱皮のように古い殻をすべて昨年に脱ぎ捨て、過去のことはなんだか遠い記憶のように懐かしくすら感じる。
年の終わりには、1年が早かったと嘆いていたというのに、たった一日またいで年が変わっただけで自分の意識が都合良く変わっていることに驚いてしまう。
「今年こそ」と目標をたててみたり、新しい年に希望を膨らませたりする。
 
毎年おなじようにそれを繰り返しているのだから、デジャブのように感じることがあってもおかしくはないのかもしれない。
 
年が明けてもどった静かな部屋で、いつになくスッキリと片付いてぱりっとした空気のなか、不思議なデジャブのことを思い出した。
 
ある年のNYのお正月、カウントダウンに合わせて日本から訪ねてきていた友人達にホテルを手配した。
そのホテルは最初に自分がNYに下見に訪れたときに利用して以来、何度か友人が泊まりに来たりして訪ねたことがあり、オーナーのカルロスとは顔見知りだった。たしかコロンビア出身のカルロスとは、そのころまだいまより少しスペイン語がはなせたのもあってすぐに打ち解けたし、なによりカルロスがほぼ自分でデザインしてリフォームしたというホテルの内装やアットホームな雰囲気がすごく素敵で大好きな場所だった。
年が明けてすぐに日本にもどっていく友人たちをホテルまで見送りに行き、お別れをして送りだしたあと、ひとり残った私をカルロスが夕飯に誘ってくれた。これからチキンを焼くから食べて行かないか、と。
East Villageの隅っこにある、ホテルといってもカルロスの自宅も兼ねた大きなロフトは、冷え込んだ外の空気から守られてとても暖かかった。カルロスの友人でもありゲストのスイス人の男性と3人で楽しい宴がはじまると、そこから私の意識は記憶がもつれて、なんともいえない不思議な感覚に陥ってしまった。
今まで感じたことのないようなデジャブに襲われ、一瞬一瞬ではなくて、その前の年も全くおなじようにここでこのメンバーで食事をしたように思える。会話の内容まで同じような気がする。きっとワインでほろ酔いのせいで、長いデジャブなんだとおもって過ごしていたのだけど、帰り道、人気のない静かな夜の道を冷たい空気で酔いを冷ましながら記憶を整理しつつ歩いていると、前の年に私は友人にカルロスと親しくなったことを報告していたことを思い出し、食事に誘われたのは2度目だったような気がしてさらに混乱してしまう。もしそうなら、なぜ1度目を忘れてしまっているのかわからない。
未だにこのときの記憶は混乱したまま、ただの長くて鮮明なデジャブだったのか、あまりにも似た経験が前の記憶に上書きしてしまったのかよくわからないのだけど、とても静かなNYのお正月の夜に過ごした、思いがけなく楽しい素敵な夜の記憶は今も思い出すとたまらなく私の胸を暖かくしてくれる。
 
この感覚は、新しい年への期待感と一緒になって、年初のいつもとは違うどこか澄んだ静かな空気を吸うといつも思い出される。
 
 
昨年のご来光を見に行った写真とブログを見直してみて、震災の前に自分が書いていたことが奇妙だなとおもいつつ、震災を機になにかが変わったように感じていた自分もいま改めて大きく変化していないように思うところをかんがえると、来年にはまた何も変わっていなかった自分に出会うのかもしれないのだけど、たとえ人生がデジャブのようにもしかしたら忘れてしまっているだけの同じ事の繰り返しだとしても、今年もこうやって前を向いて新しい年を迎えられたことを私自身は素直に嬉しくおもう。
 
とくに今年は多くの人が前を向いて希望を持ちたい年なのではないでしょうか。
皆さんにとって輝きに満ちた年となりますように。
 
本年もどうぞよろしくお願いします。
 
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