香港の街角で親切なおばさんに出会った。

中環にあるピークトラムの傍を歩いていて、都会的な建物の間にぽつんと佇む小さな花屋さんが気になって、通りすがりにふとのぞきこんだ。そのまま通りすぎたのに、中にいたおばさんが追いかけてきて、少し先まで歩いていた私たちを手招きして呼び戻してくれた。

少し不思議におもいながらも戻って話をしてみると、この花屋さんはもうここで60年ちかく営業していてとても古いんだ、というお話など、「日本からきた」と伝えると「日本はいいところだ」と親指をたててとても嬉しそうに話してくれた。

正味数分の会話をしただけだけど、おばさんの暖かい人柄となぜか突然うけた熱烈な歓迎がずっと心にのこっている。

一緒にいた香港人の友人は、香港ではとても珍しいことだ、と驚いていた。すこし自虐的に、香港には’いい人’はいないから、と。それはどうかわからないけど、たしかに地下鉄などでは殺伐として悪態をつく人も見かけたし、日本人からするとすこし気性が荒くかんじる話し方など、彼の言いたいこともすこし分かる気はする。

だけど私には、そのおばさんの笑顔だけで、香港の人みんなを好きになれるくらいの威力があった。

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旅(旅行、観光でも)に求めるものは人それぞれいろいろあるだろう。

私も、もちろんいろいろな目的があったりするけれど、結局いちばん心に残っているのは、こういう小さな出会いであったり、人との触れ合いなのだろうとおもう。

だからか、日本にいて海外から旅行で来ていると思われる人をみかけると、とりあえず微笑んでしまう。出来るなら親切にしてあげたいとおもう。そしてどこかで、そんな連鎖がひろがっていったらいいな、ともおもっている。

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人生で、それを知る前と知ったあとでは世界が変わってしまうような経験て、いったい何回あるだろう。

本当に些細な出来事でも、それをきっかけに世界が一変して見えるような、そんな出来事との出会いが、それに気付けるかどうかが、人生を大きく左右する。

それを感じてしまうと、目に見えるものすべてが輝きだして、愛しくなる、そんな気持ち。

それは心揺さぶる音楽との出会いかもしれないし、文学や映画かもしれない。恋愛や人との出会いでも、芸術との出会いでもある。
きっと私にとっての最初の大きなそれは、旅だったかもしれない。
 
初めてNYにひとりで行ったときに感じた興奮は、私の人生を変えたし、きっと今でもその感覚が心にあるかぎり、私はどこにいても幸せになれるし、今回のような旅先での小さな出会いがくれた感謝の気持ちは、いつも私にそのことを思い出させてくれる。
 
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「われわれの人生には、いくつかの決定的な瞬間がある。一日のうちにもそんな瞬間がある。日常を超えた何かを見たように思える瞬間。それがあればこそ、人は現実を理解できる。それは、最高に幸せになれる瞬間だ。人が偉大な叡智に触れる瞬間といってもいい。人が見たものを、なんらかの記号によって再現できないものだろうか。そんな希望のなかから、芸術は生まれた。その道にはなんらかの標識があってもいい。偉大な叡智に向かう道の案内板である。」

ロバート・ヘンライ