ss0107.jpg

 
 
恐山で母と落ち合う前日から、ひとりで東北を廻ってみることにした。
ただ漠然とそう思っていただけで出発までなんの下調べもしていなかったので、ほぼ一週間家を空けるとなると急に忙しくなって何の準備もできないまま、前日の夜中にさすがに慌てて買ったガイドブックと朝までかかって荷造りしながら調べたネット情報とだけで青森に向かった。
 
思い立って風に吹かれるように行動するほうが性にあっているので、海外でもわりとそうなのだけど、意外と国内のほうがこんなふうに宿も決めずに出かけたことがなかったかもしれない。
ふと日本の宿は突然行っても泊めてくれないんじゃないか、と不安になったけど、豪華な宿に泊まりたいわけではないしきっとなんとかなるだろうとおもって出て来てしまった。
 
そうして風に吹かれるまま心の赴くまま辿り着いたのが、本州最北端の港がある町、大間だった。実際、恐山に翌日の昼までに着けるように限られた時間で行ける場所の選択肢はそれほど多くなかったのだけど、大間になにがあるのかもよく知らず、そこに求めている景色があるのかもわからず、ただ行けるところまで行ってみよう、という感じで来てしまったかもしれない。
 
人生は選択の連続だ、とは云うけれど、旅先ではとくに小さなことから大きなことまで選択が必要で、その結果がまたわかりやすいから(選ばなかったほうの結果については確かめることはできないけれど)できるだけ自分の心に耳を澄ませて、神経を集中させて、どこかで宇宙に導かれるかのように行動するのが好きだ。
海外ではないし身の危険と隣り合わせというほどの状況でもなければ、どこへ行ってもそれなりに楽しめるだろうことはわかっていながらも、こんなふうにふらりと行き先をどこにしようか考えたのは気づけばひさしぶりだったので、それ自体を求めていたのかもしれない。
 
青森から下北駅までの海沿いを走るローカル線にのり、そこからバスで終点ひとつまえの大間岬まで。
途中、漁り火で有名な温泉街を抜け、ここでゆっくりしても良かったなあと思っていたのだけど、その先のバスから見える景色が海沿いぎりぎりを走るので、とても綺麗だった。
海のない県で育ったせいか、ただ海が見えてくるだけで興奮してしまうし、それは本当に素晴らしい景色だと思うのに、地元の通勤や通学で使っているであろう方たちは見慣れた風景といった感じで漫画を読んでいたり、当たり前だけど温度差をかんじつつ、大間岬で降りたのは私ひとりだった。
 
着いた日は生憎の雨で、もう夕方だったし、晴れた日には見えるという函館の夜景も霞んで見えず、なんだか寂しいところへ辿りついた感もあったのだけど、海猫が飛び交う灰色の岬は、マグロの一本釣りで有名な大間の北の海らしく旅情感に溢れていた。
 
ss0108.jpg
 
下北駅で連絡していた宿の女将さんが迎えにきてくれて、今日は生憎の時化で漁も出ていないしほとんどのお店は閉まっているけど、夕飯はなにが食べたいのかときかれた。素泊まりだったので外で食べようと思っていたのだけど、案内所でちらっと見ていた食堂の名前をだすと、偶然にもそこは姉のやっているお店なので連絡してあげる、と言って、けっきょく大間のマグロ定食を宿まで運んでくれた。
 
お肉かとおもうほど脂ののった肉厚のマグロを食べながら、女将さんにいろいろな話を聞く。きっとひとりで突然やってきたワケあり(じゃないのはすぐ分かったとおもうけど)そうな女性に興味があるのか、とてもアットホームに話をしながら随分とよくしてもらった。
 
翌日起きて外へでると気持ちよく晴れていて、すこし町をみてみようと散歩すると、ほんの少し歩くともう道のむこうに海がみえてきて、港までも5分とかからないくらいだった。
コンビニが2km先にほんの数年前にやっと初めてできたくらい何もないところだよ、と女将さんが言っていたとおり小さな漁港の町なのだ。
先日、偶然みつけた「魚影の群れ」という大間の漁師を描いた素晴らしい映画を観たけれど、80年代に作られたその映画からなにかが大きく変わったようには思えない、そのままの町だった。
 
ss0109.jpg
ss0110.jpg
ss0111.jpg
 
 
岬の最北端に位置する女将さんのお姉さんがやっている「かもめ食堂」で、朝ご飯を食べながらバスを待つ間、また世間話をしていた。ご姉妹は函館の出身なので、会話が簡単にできるけれど、本当の津軽弁の人だとこうはいかないらしい。想像すると、海外に来たみたいなものなのかなあ、とおもう。
有名人も多く訪れて壁一面に色紙が飾ってあるお店で、話の流れで何故か、私にもサインを残してください、と色紙を渡されてしまった。
いやいや、有名でもないし、サインもないし、とお断りしたのだけど、すこし旅先で気が大きくなっていたのか本州最北端の地に足跡が遺せるようでちょっと嬉しくなったのもあって、おもわず名前を書いて来てしまった。
 
帰りのバスで思い返すと、やっぱり「これ誰?」だよなあ、と恥ずかしくなってきて、本当に飾られるのだろうか?とおもっていたのだけど、翌日、私と別れたあとに母が訪れた際には、堂々と飾られていたらしい。
 
そんな足跡を遺してきた大間を離れる朝は、女将さん曰く珍しいほど風がない日だった。
「大間はいつも風が強くて、一雨きても夕方には晴れて、大間の夕日は美しいんだよお。」
そう言っていたのが耳に残っている。
 
ss0112.jpg