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彼に出会ったのは、メキシコとグアテマラの国境近くの町だった。
 
ふらりと入った喫茶店はアンティーク調の家具が置かれていて静かで、昼下がりの太陽が柔らかく差し込む感じのよいお店だった。
友人に葉書を書いていると、彼がメニューを持ってやってきて、膝まづいてオーダーを取ってくれたのを覚えている。
そんなふうに下から覗き込まれることが不思議な気がして記憶にのこっている。
 
帰り際にレジに行くと、また彼が立っていて、少し会話をしたあと唐突に食事に誘われた。
 
こういう時の判断は、重要だけど、1人で食事をすることに少し飽きていた私は、移動の途中に寄った小さな町にそれ以上見所や観光を求めていなかったのもあって、気楽に「いいね。」と答えて、後ほど待ち合わせることにして店を去った。
 
いちど宿に戻り、夕方時間に合わせてカフェのそばの待ち合わせ場所に向かうと、彼が石畳を渡ってくるのがみえた。
心なしか軽やかなステップで、私のそばにくると「来てくれて嬉しい。もしかしたら来ないんじゃないか、とおもった。」と言って嬉しそうに笑った。
 
彼はお世辞にも格好いいという容姿の人ではなかったけれど、こんなふうに素直に感情を表されると素敵だな、とおもうのと同時に、なんだかデートみたいで気まずくなってしまう。
 
お店は彼に任せて、お勧めの中華料理屋さんまで、町の中心の広場を抜けて歩いて向かう間、彼はいっぱい自分の話をしてくれた。
学校から帰った子供がママに今日の出来事を話すかのように、無邪気に話し続けて、
「さっきの喫茶店は友人のお店で、僕はたまたま遊びに行っていて手伝ったんだ。」
「おばあさんがとてもお金持ちだったので、遺産があって生活費はカードを渡されているから、じつは僕は働かなくても食べて行けるのだけど、いまはやりたいことを探しているんだ。」
そのときの私はNYに住んでいたのだけど、「NYにも親戚がいて、海運業をやっている。昔はよく行ったよ。」と言っていた。
 
こうやって文章にすると少し胡散臭いようなことを、さらりと少し申し訳なさそうに照れくさそうに話す彼の姿はとても自然で、どうやら素直に恵まれて育った人の良さのようなものも感じられる気がして、不思議なほどに自慢話をされているとか嫌みだなとかも感じず、私は素直に聞いていたけれど、どうしてこんなに自分の話をするのかなあ、と単純におもいながら、同時にどこかで少しだけ警戒心が湧いてきてしまう。
 
食事の誘いを受けたとき、待ち合わせ場所に向かうとき、お店を任せて付いて行くとき、「彼がもしも悪い人だったら」と考えなかったわけではない。
旅先で、とくに女性の一人旅では気を付けないといけないと頭では分かっていて、どこかでいつも最低ラインでの警戒はしているつもりだ。
だからあまりに調子のいい話には疑心暗鬼になってしまうけど、目の前の彼はどうみてもいい人におもえた。
 
お店についてからも、彼は興奮気味に話をつづけた。
彼との会話は楽しかったけれど、徐々にまるでプロポーズでもするかのように思い詰めた様子になって、じつは喫茶店で見かけたときに一目惚れをしたんだ、と告白された。
だから友人に頼んで、オーダーを取りに行く手伝いをしたんだ、と。
 
日本人の女性というだけで海外でモテるというのは知っているし、それまでにも食事に誘われるくらいのことはあったけど、なんだかとてもストレートで、私には彼がとても純粋な人におもえて胸を打たれた。
 
「生まれ変わったら、何になりたい?」と訊かれた。
「僕は’鳥’になりたいんだ。自由に飛べて羨ましいから。」と彼は言った。
 
私がいつも思っていることだった。大空を気持良さそうに飛ぶ鳥をみるたびに、いいなあと思っていた。
 
素直に「私も。」と答えれば、まるで運命に引き寄せられて出会ったかようにロマンチックな会話になったのかもしれないけれど、その時の私の頭のなかの半分くらいはまだ冷静で、どこかで彼を信用しきれずに、なんとなく天の邪鬼に、
 
「私は’猫’になりたい。自由に寝てられるから。」と答えた。
少し突き放すような言い方をしたせいか、「そっか。」と困ったように笑った。
 
そして、「僕は明日からも時間がたっぷりあるので、もしよかったら案内をさせてほしい。」と申し出てくれた。
私は次の日からバスを乗り継いでパナハッチェルという街を目指そうとしていたのだけど、彼の車で連れて行ってくれるという。
そうすれば、好きなところで止まって君は写真を撮ればいいし、彼のお勧めのところにも連れて行ってあげれる、と。
 
正直、願ってもない申し出だった。
グアテマラの乗り合いバスはなかなかワイルドで、時折現地の人達が定員など関係なく容赦なく乗ってきて、鶏を抱えたおばさんの横でぎゅうぎゅう詰めで何時間も揺られたり、それはそれで楽しいのだけど、すでに以前に経験済みだったので、彼の車で小さな村にも寄ったりしながら移動できるなんて、あまりに理想的だ。
 
だからその申し出を受けたい気持は十分にあるのだけど、今日出会ったばかりの人をどこまで信用していいのか、車で2人きりというのはあまりに無防備におもえるし、仮にどうみても悪い人には思えないそのままの良い人だったとしても、こんなに純粋に好意を示してくれた人とその気持に答えられないのに一緒に行動するのは、なんだか難しいような申し訳ないように思えた。
 
だから迷ったけれど、正直に素直に、つたえることにした。
「その申し出はとても魅力的で本当に嬉しいけれど、私はあなたの期待に答えられないとおもうから、一緒に旅をしてもがっかりさせてしまうかもしれない。」
 
すると彼はしばらく考えて、「そうだね、僕はやっぱりがっかりするとおもう。」と笑って、引き下がった。
 
私の発言は、真摯に伝えたつもりではあったけど、いま思えば失礼で冷たい言い方だったようにも思うけど、そのあとも彼は変わらずにこにこと紳士的で、食事を終えてご馳走してくれたあと宿まで送ってくれた。
 
帰りの暗い夜道、気付けば石畳を二人きりで歩きながら、私はこの人を信用しているとおもった。
一連の言動の裏を探っては、こんなにいい人なのに「もしかしたら何か悪いことを考えているのか?」と警戒する気持がずっとどこかにあったけど、ここまで来てこの人は本当に良い青年なんだろう、とやっと心からおもえた。
最後の最後に「これから友達たちと飲むんだけど、来ない?」と誘われたけど、次の日早くにバスに乗らなければ行けなかったので断った。
宿の前でお別れをする際に、ほんの少しでも疑っていた事が申し訳ない気持になって「私はあなたの事を本当に良い人だとおもう。せっかくの申し出を受けられなくてごめんなさい。」とつたえて、ハグをした。
彼も私のことをいい人だとおもう、と言ってくれた。
連絡先をきかないのは、僕はきっと連絡してしまうから潔く諦めるため、と言っていた。
 
笑顔で手を振って去って行く彼を見送って扉を閉めたあと、まるで自分が失恋したような寂しい気持になって呆然とした。
ふと、ハッとして背中に背負っていたリュックの中身を確認して、もちろんなにも無くなっていなくて、どうしようもなく悲しくなって、私はベッドに突っ伏してしばらく泣いた。
 
 
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最近になってやけに彼のことを思い出す。
もう名前も憶えていないし、顔だって不鮮明だ。
こんな風に誘われることは、海外では珍しいことじゃないのはわかっている。
でも私にとっては、こんなふうに’一目惚れ’を素直に表現されるのはとても新鮮で嬉しかったし、彼の申し出を受けていたらどうなったのだろう、という後悔があるのかもしれない。
いま思い出されるのは素直で優しい彼の印象と暖かい気持ちで、そんな彼をどこかで疑ってしまっていたことがとても悲しい。
そもそもなぜ彼の事をそんなに信用できなかったのだろう。
本当に信用できないなら一緒にご飯など食べに行かなければよかっただけなのに、そうではなくて、きっと彼の話ができすぎていて、あまりに望み通りすぎて怖じ気づいてしまったのかもしれない。
美味しい話には裏がある、と疑う心理がはたらいて、なんだか怪しいかもとおもってしまった。
いまでも結局は本当のところはわからない。
ほかにも旅で出会った人とご飯を食べるなんてことは普通にしているし、疑いもせず友人になった人達もたくさんいる。じつは恋に落ちた人だっている。でも彼との記憶はいろんな意味で、すこし特別だ。
 
すこし話は飛躍するけれど、旅の最中には願ったことが叶い易い、と感じるときがある。
漠然と願っていたものがいざ目の前に提示されたのに、私はそれを受け取らなかった、ということをすこし後悔している。
でも同時に保守的な人からしたら、知らない人とご飯を食べに行くというだけでも無鉄砲なことに思われるのかもしれない。
 
長々とこんなことを書いた理由のひとつに、少し前に日本人の女性が海外で被害にあった報道をみたことも関係していて、自分も行ったことがあるその場所で起きた事件ということで、少なからず他人事には思えずショックだった。
そして、声をかけられた男性に付いて行った彼女の非を問うような風評には胸が痛んだ。
羊の皮を被った狼のように、悪いことを考えている人ももちろん善人のフリをしている。
それはもちろん分かって警戒はしているつもりだけれど、それでもこの人は信用できるとおもったら交流したいとおもう。
あまりに警戒ばかりしている自分にこんな風に悲しくなることもある。
リスクを回避して危険から逃げようとおもえば幾らでも逃げれるけれど、得られるものもないかもしれない。
すべてにおいて、人生において、その判断はいつも難しいけれど、ときには冒険と飛び込む勇気が、私は欲しい。
 
彼との食事は、私のなかにほろ苦さも残したけれど、ピュアな恋心にも似た優しい気持ちとなって残っている。
そしてもう少し心を開いていればその先にあったのかもしれない、彼と見ることができたのかもしれない景色に、いまはすこし想いを馳せてみたりするのだ。
 
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