翌朝、目が覚めてカーテンを空けると、まだ薄暗く空は雲に覆われたままだった。
 
ここに来て今頃、天気予報というものが気になってチェックしてみると、Kirnaは向こう3日間、雪と曇りマークだった。
オーロラを観られるチャンスは3晩しかない、というタイトスケジュールで来ているので、残り2日間しかないのだと思うと、このままみれないんじゃないか、と初めて不安になる。
 
泊まっていたホテルの部屋は角部屋で窓が2つあり、街と鉱山が見下ろせて視界もよく、とても快適だった。
オーロラの活動が強ければ街中でもみることができると聞いたので、もしも天気が良ければ、この部屋からでも寝転がりながら目の前に広がる空にオーロラを見る事ができたりするのだろうかと、ぼんやり曇った空を見上げながら、そんな光景をイメージしてみた。
 
なんとなくこのままではいけない、とベッドに戻って横になりながら、どうか晴れてオーロラが見れますように、と意識を集中してみる。どこに、誰に、なのかよくわからないけど、きっとお天道様、宇宙にお願いをする感じで、気付けば父にもお願いしていた。
 
10分か20分か、そうやって意識を集中させたあと窓の外を見ると、気のせいか雲に隙間ができて、ちょうど明るくなる空が見えてきている。まさか本当に自分が祈ったお陰だと自負するわけではないけれど、雲が動いていることと、そこから覗く束の間の晴れ間でさえも、なにか目に見えない力が私に応えてくれているように感じられて、嬉しくなる。
 
ss0170_c.jpg
 
数十分後には、すっかり明るくなって空もだいぶ広がっていた。
 
ss0172_c.jpg
 
この日の昼間は、近くのユッカスヤルビという村にあるアイスホテルを観光した。
 
ss0171_c.jpg
 
 
テレビで見たこともある観光スポットで有名な場所なのだけど、想像以上に広大なスペースに、氷で出来たそれぞれにデザインの凝ったお部屋が何部屋もあり、ひとつひとつ、どんな部屋なのだろう、と覗くのは楽しくて、結果ずいぶんとはしゃいで写真を撮っていた。
近くのトルネ川からひいた氷で建てられたこの施設は、春になって気温が暖かくなると解けて、また川にもどっていくのだそうだ。こんなに凝って作り上げたものが、ひと夏で解けてしまうのは寂しいようで、それでいて毎年デザインを変えて新しく作るのは楽しいだろうな、とおもう。
 
ss0173_c.jpg
ss0174_c.jpg
ss0175_c.jpg
 
 
そういえば現地で出会った人々は、皆だれと話してもここでの生活を楽しんでいるようだった。
こんなに雪が降って寒いところに暮らすのは大変なのではないか、と想像してしまうのだけど、
’ここで生まれて暮らしていれば慣れて平気さ’ とか、
’冬のアクティビティがたくさんあって大好きなのでここでの冬の生活は楽しいよ’
と言っていた。
一年の半分は暗闇で日に数時間しか日が射さず、反対に夏には白夜で日が沈まない極北で暮らすというのは、旅で訪れただけでは分からない大変さがきっとあるだろうと思って質問するのだけど、皆が想像以上にこの土地に愛着をもって、環境を受け入れて、そのなかでも楽しんで暮らしているような印象を受けた。
実際、厳しいけれど美しい自然のなかで、ここでしか体験できない経験をしたあとでは、他の都市の魅力は半減してみえるのだった。
 
ss0176_c.jpg
 
ユッカスヤルビからホテルへ戻ると、街の上空には厚い雲が被っているのだけど、空の端から雲が切れてきているように見えた。
顔見知りになっていた日本人のツアー客の人とも、期待しましょう、と話しながら部屋にもどり一休みした。
だいたい夜の9時くらいからオーロラの見えるスポットへ向かって、真夜中くらいまで人によっては何時間も待機したりするわけで、なかなか体力のいる旅なのだ。
仮眠のつもりで横になりながら、オーロラに包まれる感覚をイメージして願いを込めていた。
厚く覆っていた雲が突然消え去ることなどないだろうと分かっていながらも、今日はすこし期待が持てるような気がしていた。
それなのに、私と母は、仮眠のつもりがよく寝てしまい、ぐずぐずしているうちにもう10時ころになってしまった。
ほんの少し、もうこのまま寝てしまって明日に備えようか、などという空気が2人の間によぎったのだけど、やはりせっかく来ているのだからと気をとり直して、出かけることにした。
2日目で慣れた最大限の防寒着に着替え、前日とおなじ場所へ夜の街を歩いていく。体は十分な防寒対策で暖かいのだけど、顔や出ている部分が冷たくて、鼻の中が凍ったようにパリパリする。
途中、日本人の顔見知りのツアー客が戻って来るところに出会い声をかけると、「オーロラが見えた」という。
その答えに嬉しくなると同時に、のんびりしていて見逃してしまったなんて…ちょっと信じられない。