東京ではすっかり桜が咲き誇り、春が突然やってきた。まだ花冷えするとはいえすっかり気分は春なのに、冬の旅話を引き延ばしてしまったけれど、そろそろ終わりにしよう。
 
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Kirnaでの最終日の朝、カーテンを開けると快晴だった。
澄んだ空気は冷たいけれど清々しくて、朝日に照らされた空気がキラキラ光り、ダイヤモンドダストという現象のようでとても綺麗だった。
 
結局、前の晩は、遅くまで粘ってみたのだけど、雲が晴れることはなかった。
オーロラを見ることができた、と言っていたのはすれ違った2人だけで、ほんの一瞬の雲間からみえた現象だったようだ。
それでも雲の向こうにうっすらと動きが見えるようで、雲さえなければオーロラは出ているような気がした。
そして翌日のこの快晴なお天気に、気持ちが上向きになる。
 
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日中は、母とトナカイに触れ合いに行ってきた。
サーメ人の文化施設の横には古い教会が残っていて、その側の凍った川で犬ぞりが通って行くのも見えた。
3日目にして昨日までとは違った晴れた雪景色をみることができて、降り積もった新雪はキラキラ輝き、透き通った真っ白な世界に魅了されて、私は寒さも忘れていつまでもトナカイを撮り続けていた。
 
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そろそろホテルに戻る迎えがくる、という15時頃になると日が沈みかけて、それに合わせるように雲がかかってきた。きっと日が陰ったせいと思おうとしたのだけど、徐々に曇が厚くなり、ホテルに戻るころには吹雪き始めていた。
私と母は、その日の夜、Kirnaから100kmほど離れたアビスコというオーロラ観測所があるところへオプショナルツアーに参加することにしていた。前日の昼までに、2つあるオーロラ観測ツアーから選び、もう一方のKirnaの近くの森にでかけてコタというテントの中でオーロラを待つ、というコースと迷った末に、一か八かでアビスコへ行くことを選んだ。
どちらにしても見れる保証などなく、アビスコという所への知識もなかったので、コタでトナカイのスープを飲んだりするほうが魅力的に感じたのだけど、なんとなく決断してしまった。
 
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ホテルの目の前にあるツアー会社の前に集合したときには、雪はさらに激しく降っていて前2日よりもひどいほどで、昼間の快晴はいったい何だったのだろう、と天気に一喜一憂されながら、その様子にKirnaで今晩オーロラが見られる可能性はかなり低いことを悟らされる。
自分たちが向かうアビスコという地が100km離れているということに望みを託しながらも、たった100kmでいったいどれほど天気が違うものなのか想像もできなかった。
他の参加者と2台のバンに分かれて乗車する際に、私はたまたま運転席の横の助手席に案内された。
道中、運転席の現地ツアーガイドさんといろいろ話をしながら、これから行くアビスコのことを聞き少しだけイメージが湧いて来る。そこは特殊な地形で山が雲を跳ね返すので、1年でも降水確率が非常に低く晴れる日が多いために、オーロラ観測に適しているということで観測所がおかれているのだという。
「昼間にアビスコにいる友人ガイドと電話で話したときには、雲もなくいい天気だ、と言っていたので期待できるかもしれない」とおしえてくれながらも、目の前のフロントガラスに広がる景色は人生で初めてみるほどの猛吹雪で、対向車の大きな車とすれ違うたびに粉雪のようなサラサラの雪が宙に舞い、一瞬にして霧のように視界を遮り、路肩に転倒した事故車なども見やりながらそれでもスピードを落とさずに走り続けるので、ちょっとしたスリリングなアトラクションを体験しているようで、期待と不安が入り交じる。
 
1時間ほど車を走らせていると、右手に暗くて見えないけれど大きな湖があるよ、とおしえてくれてアビスコまでもうすぐだという。まだ雪は降っていて、あと数十分で急に晴れたりすることがあるのだろうか、と諦めかけたころ、周りの積もっている雪が少なくなっていることに気付く。降雪量が少なくてあまり雪が積もらない場所にきたわけだ。そして、窓から空を見上げると、奇跡のように星が瞬いていた。
 
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それだけですごく嬉しくなって、他の参加者にも伝えると、ここ数日Kirnaは毎晩曇っていて’星空’もみれなかったので、皆、笑顔になった。ツーリストステーションと呼ばれるロッジのようなユースホステルで夕食を食べたあと、そこからリフトに乗って観測所がある山の上まで上がり、そこでオーロラを待つのだという。
 
トナカイのスープの夕食を食べていると、ガイドさんの一人が駈けてきて「Northen Lights (オーロラ) が出ているよ!」とおしえにきてくれた。慌ててガイドさんについて階段を駆け下りて裏手の扉をでると、波をうつように雲が出ていた。
デジタルカメラで撮るとはっきりと緑色に映って、それがオーロラなのだとわかる。
ただ残念ながら、まさかここでこんなに早く見れると想像していなくて、私は三脚を車のなかに置いてきてしまっていた。
 
 
じつは、ここからは私が体験した感動は、ほとんど写真には残せていなくて残念なのだけど、言葉や、写真というメディアで伝えるには技術や機材も足りなくて不十分なほどのスペクタクルが待っていた。
 
気付くと一緒についてきていたと思っていた母や他の参加者がいなくて、私は母にオーロラを見せたくて焦ってもどり、同じツアーの方たちを見つけて裏手の扉をおしえて案内してあげたのだけど、母だけがいない。
親切な参加者の一人は母を捜しておいてあげるから「写真を撮っておいで」と言ってくれて、また戻ると、ぐるりと外を一周してきた母をやっとみつけ、「ほら、あれがオーロラだよ」とおしえてあげて、やっとその存在に気付いた。
さて、念願のオーロラが見れた母の反応はというと、「あら、あれ雲だとおもってたわ。」という感じで、実際、肉眼でみるオーロラは、テレビや写真で知っている緑色にたなびくソレとはすこし違って’雲’のように見える。
たぶんガイドさんにおしえてもらって、更にカメラで写してモニターを確認しないと、気付かない可能性もあるくらい。
 
それでも、ほんの数時間前までは吹雪のなかにいて、星空さえもみれなかったのに、私には十分すぎるほどの感動だった。
 
さらにここから乗るリフトが、真冬には-30℃になることもあるというのにオープンエアーで30分以上、スウェーデンで一番長いリフトなのだそうだ。なぜゴンドラにしないのだろう、と思いながら、十二分に防寒着を着てきたのに更にそのうえに宇宙服かロボットのようになりながら完全な防寒用のジャンプスーツを着込み、リフトに乗ると、そこからの光景は、きっとリフトでないと体験できなかったであろう素晴らしい体験だった。
今でも、目を閉じると、その光景は、どこか宇宙か異次元に行っていたように不思議な感覚で思い出される。
 
真っ暗ななか満点の星空に包まれ、眼下には広大な白い雪原が広がり、リフトの音だけが虫の音のように聞こえる以外は静寂な世界に、私と母だけが宙に浮いているような感覚。
今までに乗ったことのあるスキー場のリフトよりも遥か高いところを通っているのか、夜ということが余計にその感覚を強くするのか、まるで空に浮いて飛んでいるように感じられる。
30分と聞いていたけれど、リフトは他の乗客の乗り降りのたびに速度を落とすので、実質1時間くらい乗っていたようにおもう。
高度が上がって来ると星空はさらに近くなり、雪原にも草木や生物の気配がなくなると、いったいここは地球なのか、どこにいるのだろうと不思議になる。
遠くに雲だと思っていた白い壁が近づいてきて、それが雪の壁だったとわかると、その巨大な絶壁を越えていくのだけど、壮大なスケールの自然と満点の星空の光景は、よくできた3Dかアトラクションの中にいるかのようだった。
 
 
この感動こそを写真で伝えられたらとおもうのに、かじかむ手で機材と三脚を抱えて落とさないように必死なうえに身動きのとれない防寒着にくるまっていて、撮ることを諦めた分、五感をつかって十分にその感覚を体験し、瞼と記憶に焼き付けることに集中した。
 
リフトが辿り着いた先には、雪山の頂上付近に1日に70人が定員だという小さなロッジがあった。
ガラス張りの展望台もあって、外に出ると遥か彼方の地上に小さな街の灯りがみえ、見上げると星空が輝いていた。
屋外に設置されたカメラが5分ごとに中のモニターで切り替わるのを確認できるようにもなっていて、オーロラが出たらおしえてくれるので、しばらくは暖かい屋内でのんびりと待っていた。
程なくしてガイドさんがオーロラがでた!とおしえにきてくれて、皆がそとにでると、先ほどとおなじように雲のように見えるけど、少しうごきのちがう波打つものが出ている。
私はデジカメを持っているので、撮影してみると緑色に映ってよくわかるけれど、ガイドさんの英語がわからない参加者にはどれがオーロラなのか分かっていない人もいたみたいで、母にもモニターを見せて教えてあげた。ss0184_c.jpg
 
きっとオーロラにもいろいろな出方があって、見え方もそのときで違うのだろうから、私たちが見えたのは、あまり完璧なものではなかったようなのだけど、たった3日間のチャンスに諦めかけていた数時間前までのことをおもうと、ここまで来てこうやって姿を現してくれたものに出会えたことが、純粋に嬉しかった。
心の中で、父に感謝していた。
正直、雪山で満点の星空が見れたということだけでも自然の美しさに感動しているくらい。
 
寒さと過酷な環境で、なんとか撮影したフィルムカメラには、少し雲がかかってしまって理想的なオーロラ写真とはいえないけれど、はっきりと緑色の磁力を帯びた光が写っていた。
 
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いま思い起こすと、純粋にオーロラを見たかったというよりも、そのときの私は何かを強く望む気持ちとそれを引き起こす力を信じたかったようにおもう。自分が、というよりも母にオーロラを見せたかったし、2人で行く機会をもらえたことがそもそもとてもラッキーで、その幸運につつまれてとても幸せな旅だった。