早咲きの桜はすっかり散ってしまって、今年はゆっくりとお花見をすることもままならなかった。

嵐で花びらを吹き飛ばされてしまった桜の木には、まだ新芽が出ていないものもあり、ほんのりピンクにも見える木は、まだじつは蕾でこれから咲くのではないか、と一瞬うたがってしまうほど、あっという間に開花して散ってしまって、自分はまだなにか季節について行っていないような取り残された気分だ。
 
 
季節外れの冬の旅の話は、前回で終わりにしようと思っていたのだけど、最後にもう少しだけ、トナカイについて。
 
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北欧のラップランド地方ではトナカイは伝統的に食べられていて、どこにいってもメニューにあったりするので、私も何度かスープなどを食した。
独特の臭みがあってスモークしたような味がするので、人によっては好き嫌いが分かれるようだけど、なんとなく食べたあとはぽかぽかしてくるようで、寒い地で体を暖めるためにも理に適った貴重な食材なのだろうとおもう。
余談だけど、日本にもどってたまたまトリュフを食べたとき、なんとなくトナカイと一緒の味がするとおもった。
トナカイのエサが‘苔’だったことを思うと、きっとおなじ菌類だから同種の味がするのだろうか。
 
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じつは、これはあとから最近知ったことなのだけど、1986年のチェルノブイリの事故後、北欧のトナカイの肉が一時食用禁止になったという。
スウェーデンとチェルノブイリの距離は1200kmほども離れているのに、最初に大気中の異変に気付いて事故を察知したのがフィンランドやスウェーデンであったように、風向きで多くの放射性物質を含んだ風や雨を受けたラップランドの地では、そこに生息する苔や草を主食とするトナカイや羊などの体内にセシウムが蓄積され、またそこで野生のトナカイなどを食用とする伝統的な暮らしをしていたサーメ人などが、とくに汚染の被害を深刻に受けたのだそうだ。
そしてそれは、放射性物質の性質上、じつはいまも続いている。
 
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誤解のないように言えば、スウェーデンや北欧が放射能に汚染された危険な土地だ、などといいたいわけではもちろんなくて、素晴らしい大自然が残るのどかで美しい場所であることは変わりなく、自分が訪れたあとでは今もまた、すごく訪ねたい場所だ。
むしろ、その美しい自然と、私もそばで触れ合っていたあのトナカイたちに、ほんの数十年前にそのような事実が起こっていたということは、目に見える部分からだけではまったく想像もできないからこそ、今その事実を知って感慨深く考えさせられる。
いうまでもなく今日本で起きている旬な問題と同種のことで、まさかスウェーデンと繋がっているとは、思ってもいなかった。
 
そこでは野生の動物たちと同様、自然とともに生きるという伝統的な暮らしを守っていた人々のほうが、原子力で得られる豊かさを享受している都市部に暮らす人よりも被害を受けてしまう、という矛盾した現実があった。
きっとそれはそのまま日本にも当てはまる構図なのだろうとおもう。
 
福島の原発事故の収束のめどは一向にたっていない現状で、私たちの日々はすこしずつ麻痺してきているようにおもう。
汚染水が垂れ流され、その影響がいったいどこまで届くのか、怖くて知ることを拒否しているような気もする。
このまま一体どこへ向かうのだろうか、と問いかけながら、いま私はスウェーデンへ再び向かうのか、この場所でなのか、写真を撮るということで見つめられたらという思いが強くなっている。
 
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