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たまたま続いて、わりと有名な演出家さんのお芝居を観に行く機会があった。
どちらもとても良かったのだけど、とくに英国人の演出家が谷崎潤一郎の「春琴抄」と「陰翳礼讃」をもとに演出したお芝居が、あまりにもよくて、物語の筋とは関係ない部分で感動して涙がでるという初めての体験をした。
 
 
 
暗くて陰湿な陰翳のある日本家屋の座敷の奥で、運命に翻弄され屈折して倒錯していく愛を描いた世界が、芸術的に五感に訴える見事な演出で再現され、その恥美的な世界に引きずり込まれて苦しいくらいだった。
役者さんの声の力も本当に素晴らしくて、ただただ心が震えた。
 
 
 
偶然にもどちらのお芝居にも同年齢の有名な女優さんが出ていたけれど、昔テレビで観ていた印象とはまったく違う役を見事に演じきっていて、どこかでその姿にも感銘を受けていた。
 
私は最近テレビを見なくなって世間には疎いけれど、きっと彼女たちはそういう露出は減っているのだろうけど、見事なキャリアを積んで輝いているようにみえた。
どんなに生まれ持った素質や器量があっても、舞台であれだけ演じられるまでに彼女たちがしてきたであろう努力をおもうと、ただ同年代というだけで親近感をもって自分に置き換えても本当に尊敬してしまうし、スポーツ選手をみて感動するように単純に感動して、ファンになった気持ちで嬉しくもあり、なんだか嫉妬を憶える気持ちにもなった。
 
 
最近、”働く”ということについて、すこし考える。自分の意識というものを考える。
私は自分の人生のモットーは”成長”なのではないかとおもうほど、もともとの自己評価が低いのか、ずっと成長しなければとおもってきた。
どんなことをしていても、そこに自分が成長できるポイントを見つければ頑張れる。
好きなことをして生きていくのは楽そうにみえて、大変なこともある。ただそれを大変だとも苦労ともおもわないのが、好きなことだからなのだろう。だけどそれは楽で楽しいことだけに逃げて、苦労なく成長もなく過ごす事とはちがう。
目的をもって頑張っている人は輝いている。人を感動させる力もある。
当たり前だけどそんなことにも心うたれた。
 
その日は、早めのお盆で帰省中で、大好きな姪たちと川へ遊びに行くのを諦めて、兵庫まで弾丸でお芝居を観に行ってきたのだけど、奇しくも谷崎潤一郎のお墓があるその土地で、倒錯の世界へ連れて行かれたのだった。
 
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