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先日、引っ越しをしてから初めて、以前に住んでいた街を訪れる機会があった。
 
東京で暮らし始めて最初に、仮住まいで住み始めたのに、気づけば長く暮らしていたその街は、都内でも比較的マイナーな駅の、商店街もない、幹線道路と住宅街があるだけのようなところだった。
 
最初はどこかでその何もなさが気に入っていた気がする。
取り立ててお洒落なお店もないけど、あまりにも人が多くて賑やかな街にいきなり住むよりも、少しそういうところから離れていたほうが自分に合っている気がした。
友人たちとの距離も丁度良く、少し出かけて行けば満たされたので、自分の周りになにもなくてもいいと思っていた。
だけどもNYから帰ったばかりの私には、夜の12時を過ぎるとコンビニと真夜中までやっているスーパーとレンタル屋を除いてすべてが眠ってしまう街は、やはりすこし退屈で、思い立って人に会うにも何かをするにも終電を気にするのは不便にかんじた。
 
そろそろ引っ越ししなきゃ、といつも口癖のように言っていた気がする。
 
荷物も増えて手狭になってかなり真剣に引っ越しを考えてだしてからも、なかなかその場所を離れられなかったのは、不思議なくらいにその街に居心地の良さをかんじていたからのようだ。
大きな駅ではないけれど、閑静な住宅街が多いからか、生活において困ることは何一つなかったし、むしろ他の街では得られないくらいにとても便利で居心地がよかった。
 
あまりに腰をおろしてしまっていたために、やっと引っ越しが決まったときには新しい生活への期待よりも初めて住む街への不安のほうが大きく感じるほどだった。
いざ移ってみれば、ほとんどの心配は杞憂で、便利な良い所に引っ越せたことを幸せに思っていて、どうしてあんなに長いこと同じところにいたのだろうと不思議におもう。
人は前へ進みだすと過去を振り返る余裕がないのか、その街を思い出すことも思ってたより少ないのだけど、ひさしぶりに戻ると自分がどう感じるのか、少し楽しみだった。
 
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平日の晴れた昼間に、都内を走っているとは思えないほど空いた電車に揺られ、その街へもどった。
その路線のそんな長閑さが気に入っていた。
駅が近づいてきたときに、懐かしさとともに、その街が纏っている空気がほかとは違うものに感じた。
その瞬間、私が惹かれていたのはその空気だったのかもしれないと気づいた。
ちょうど晴れた日だったから余計にそう感じたのかもしれない。
でも、その街は電車と駅からみていると、大きな幹線道路があるせいか突然視界が抜けて、南のどこか遠くからの空気が流れ込み、日を燦々と浴びて陽だまりのように暖かく感じるのだ。
雑多な商業施設やお店も少ないので、落ち着いた長閑さだけを感じる。
 
それは、思い出の街へのフィルターがかかった印象なのだろうか。
 
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街の印象は、どんな建物や店が立ち並ぶかで住人の種類もだいたいはわかるし、当たり前だけど立地や形状にそれまでの歴史などたくさんの要素で形作られている。
なんの知識もなく初めて訪れる場所でその街の印象を嗅ぎ分けるのが私は好きだったりする。
そこで暮らす人や生活のイメージや想像を膨らませてみるのが好きだ。
人は意識するしないに関わらず、そうやって大体の街の印象を判断し感じ取っているはずだとおもうのだけど、その当たり前の行為にあらためて意識を向けてみると、自分が嗅ぎ取って判断している街の印象が、いったいどこから来ているのだろう、と不思議におもうときがある。
ちょうど、前回も書いたように、窓の灯で暖かさを感じたように、いい空気を感じる場所や、街の暖かさや雰囲気といった目に見えない形のないものを感じるとき、いったい何の要素で、どこからその印象を感じるのか、不思議におもうのだ。
 
土地や、そこで暮らしている人から出てくるヴァイヴスのようなものなのだろうかと漠然と思う。
都市の景観が先にあったとしても、そこに暮らす人がいなければ、そこで感じる空気は廃墟のそれと一緒のはずで、都市が先か人が先か、それでも最終的に街をつくるのは(当たり前だけど)人なのだろう、とそんなことを考えながら、そうやって作られていく様々な顔を持つ街というものが面白いなとおもう。
そして私はさらにいっそう、そこで感じる空気というものに敏感になっていくのだ。
 
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久しぶりにもどったその街は、そこで過ごした楽しかった思い出が甦り、穏やかで長閑な懐かしい居心地の良さに包まれて、たった数ヶ月前だというのに思わぬノスタルジックな気持ちに包まれた。
きっといまの私は、うまく言えないのだけど、そこに住んでいたときのあの頃の自分とは随分とちがうのだ。
その街ののんびりとした生活が懐かしいと思いながら、きっといまの自分に合った場所へ自然と移ったのだろうとおもう。
場所を移すことで、前へ進むことで、変わっていける部分もあるのかもしれない。
 
 
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以前の街には、じつは隠れた桜の名所があった。
偶然にも、新居の近くにも桜で有名な場所があり、少し景色が似ている。
あともう少ししたら、おなじようにこの街で桜が見られるようになるのが楽しみだ。