家の近所の道には花が咲き初め、徐々に温かい陽気の日も増えて春を感じるようになってきたけれど、

週末に、最後のチャンスにとおもい、雪をもとめて2年ぶりに新潟県の十日町へと、弾丸で訪れた。

 

さすがに前回2月に訪れたときよりも雪が残っていないのではないか、と心配したのだけど、そこはまだ、別世界のように雪国だった。

ss2074_c.jpg

 

上越新幹線が越後湯沢につく直前に長いトンネルを抜けると、その向こう側にはまだ冬が残っていた。

そこからほくほく線に揺られていくと、一面田んぼが真白な雪で覆われていて、白と黒が反転したかような不思議な世界へやってきたように感じる。

 

雪を求めてきたけれど、具体的な目的地があったわけではなく、列車からどこで降りたらよいか目星をつけようと思っていたのだけど、結局なじみのある”まつだい”駅で降りて、そこで昼食を食べていると、偶然にもツアーで訪れていた友人たちに出会った。

東京でもお互い忙しくてなかなか会えずにいたのに、そこで会えたことがなんだかおかしくて嬉しかった。

 

おしゃべりをしているうちにさっきまで太陽が出ていたのに空が曇りだし、雨模様になっていた。

そろそろ目的を果たしに、と友人たちと別れて外へでると結構な雨が降っていて、行き先に困ってしまう。

駅の案内所でいろいろと親切におしえてもらい、タクシーに乗って森のほうへと向かってみた。

キョロロという森の学校でスノーシュー(かんじき)を借りて、森のなかへはいり撮影を始めると、きづけば雨が雪に変わり、ひとしきり激しく降ってぱたりと止んだ。

 

ss2074%22_c.jpg

 

じつは、今回、姪とはじめて二人きりで撮影旅行に出かけ、モデルをしている姪には過酷な撮影だったとおもうけど、まるで雪乞いをするかのように彼女が手をかざすと雪が降り始め、自然のなかでその刻々とかわる景色の様子を撮ることができたのが、とても幸運だった。

最初は、晴れ女のはずの私にしてはおかしいなと、少し恨めしくおもった雨も、期待どおりに雪に変わってくれると、寒さも忘れて夢中で撮影していた。

ss2075_c.jpg

 

帰りのタクシーの運転手さんが、偶然行きと同じ人だったので、すこし話が弾んでいろいろなことをおしえてくれた。

この土地の人達は日本一の豪雪地帯といわれる場所で、雪とともに知恵を生かして生活していることをあらためて聞く。

雪下人参や雪下大根など、雪の下で育てて甘みを増す野菜や、夏には地下に貯めた雪を冷房にして生かしていたり、多くの酒蔵があつまっているのも、雪解けの綺麗な水とそれで育つ米と雪で低温に保たれる蔵の利用など、雪を知り尽くして利用して生活していることが頼もしく尊敬してしまう。

北欧でもかんじたことだけど、都会から比べると厳しいと思うような自然のなかで、そこに順応して生活している人を頼もしくおもう。

ただ遊びにきて雪が好きだ、と言っている自分には、そこで暮らす大変さは計り知れないだろう、と畏怖の念をもって聞いてみるのだけど、”大雪で大変”という言葉は出てこないのだ。

環境を受け入れて、それを自慢にさえ思っているように話してくれるのが私にはとても嬉しい。

個人的に雪が好きな私からすると、なんだか余計に嬉しくなってしまうのだ。

 

途中、山あいから見える景色を撮るのに車を停めてくれた。

谷に小さな雲の筋がはしって、雲海ができつつあった。それは、雪が蒸発してできるのだそうだ。

朝方に雪が蒸発して谷が一面雲海に包まれるときは、その景色も格別に美しいのだと自慢げに話してくれた。

昔から変わらぬ地形と家並みが残るその町は、雪が生む景色の美しさを見ることができる、本当にとてもよいところだ。

 

ss2076_c.jpg