日系人の“不屈の精神” と“ものづくりの原点”とも言うべき創造性を紹介(観覧料無料)

 

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日本による真珠湾攻撃後の1942年、アメリカではルーズベルト大統領(当時)が、強制収容を可能にする大統領令を出しました(※1)。これを受けて、西海岸に住む約12万人の日系アメリカ人が強制的に立ち退きを命じられ、砂漠の中などにつくられた強制収容所に隔離され、過酷な環境の中で労働を強いられました。収容所での生活は、いわば“人間の尊厳”が軽んじられたものでした。
しかし、日系人たちは生きる希望を失わず、強制収容所の中で手に入る小木等を材料にさまざまな“美術工芸品”や日用品を制作し、人生の喜びを表現しました。

終戦後、全ての強制収容所が閉鎖されましたが、その後も、多くの日系人は収容所での出来事を語りませんでした。強制収容所について語ることが、さらなる日系人差別につながると考えたからです。1988年にアメリカ政府が強制収容について公式謝罪し、入所者に対する補償が実現した(※2)後も、彼らの子や孫の多くは、この事実を知らないままでした。

アメリカにあるスミソニアンアメリカ美術館レンウィックギャラリーで2010年に開催された展覧会「The Art of Gaman」は、強制収容所の中で製作された作品とともに、これまで語られてこなかった強制収容所での悲惨な生活を紹介し、アメリカ国内で大きな反響を呼びました。絶望的な生活の中で、人生を前向きに生きる日系人の“不屈の精神”は、“Gaman”という言葉で称賛されました。

2010年11月にNHKが「クローズアップ現代」でこの展覧会を紹介したところ、日本国内でも大きな反響を呼び、日本での開催を求める声が数多く寄せられました。このたび、日系人の強制収容から70年の節目を迎えるのを機に、「The Art of Gaman」の日本巡回展「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」を開催し、日系人の“不屈の精神” と“ものづくりの原点”とも言うべき創造性を紹介したいと考えます。

※1)大統領行政命令9066号(1942年2月19日)により裁判や公聴会を経ず特定地域から住民を排除する権限を陸軍に与えた。
※2)1988年「市民の自由法」成立により、強制収容に対するアメリカ政府の公式謝罪と、生存する被収容者への補償が実現した。

【出品予定】
絵画、彫刻などの美術工芸作品や、木工品、紙製品、編物等の日用品など合計110点程度