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この連載の2回目「灯りとともに」と前々回の「息吹」のなかで一昨年の夏に小樽に旅したことに触れたけれど…その旅の一番の目的は、森山大道さんの写真展を観に行くこと、だった。2009年を皮切りに足かけ3年にわたり、大がかりな 北海道巡回展をされていたのだ。

およそ30年前に、3ヶ月間札幌のアパートに住んで道内のあちらこちらを毎日ひたすら写し歩かれていた森山さんの膨大な写真群を、それらの写真を写した場である北海道の広大な風土のなかで、ぜひ体感してみたい…

2009年の春ごろから、ちょうど私自身の作品として、日々の路上スナップの写真を撮り続け始めていたこともあり、森山大道さんの偉業の足跡を追いながら自らを奮い立たせたくもあり。そうはいっても、夏の北海道をまともに旅しようとすると、旅費もずいぶんかかるし、そんな余裕はないし…と、現実には諦めかけていたのだけれど、それでもやっぱり、どうしても観に行きたい気持ちが募り。夕張会場の写真展は既に終了してしまっていたけれど、札幌と美唄の3会場の展覧会期終了ギリギリの9月末の日曜~月曜の一泊二日で往復の航空券とホテル一泊のついた格安ツアーをみつけて、往きは朝一番の飛行機、帰りも最終便の一つ前の飛行機で…というかなりの強行軍で、ともかく行ってみたのだった。

ちょうどその頃ご主人の転勤で札幌に移り住んでいた旧友と連絡がとれて、着いた日のランチから写真展まで彼女と一緒に行動できることになり、写真展の会場にもアクセスしやすい地下鉄円山公園駅の駅ビルで待ち合わせ。 早朝、東京の家を出るときに、ふと思い立ってリュックに放り込んできた、森山大道さんの「犬の記憶 終章」文庫版の「札幌」の章を、札幌に着いてから、地下鉄のなかで読み始めた。この章は、森山さんが札幌に滞在して写真を撮り歩こう…と思い立たれた当時の心境やきっかけ、そして19年後に再訪され、滞在当時のことを思い出されつつその時点でのあれこれをも執筆されている。それからさらに11年後に、その足跡のほんの一部でも辿ってみたいと思う私が、札幌の地下鉄に揺られながら、身の引き締まるような緊張感と昂揚とともに読み進めていると 「…翌日は快晴で暖かく、円山の動物園へ狼を見に行った。ぼくは札幌に来ると必ず狼に会いに行く。犬の記憶をどんどん遡行し辿っていくと、そのいちばんつき当たりに狼の群れた風景がぼくには見えるのだ。…」 という件にぶつかった。

“…あ、そうだ!私も円山動物園に狼を見に行こう!! ” と閃いて、気持ちが高鳴る。そうこうするうち円山公園駅に到着、地下通路を足早に歩いていたら、メトロプロムナードの壁面ギャラリーに目が釘づけになった。

遠吠えの狼の絵が、あったのだ。オオカミの毛の一筋一筋まで、ひたすらに、ひたむきに描き込まれたその絵からは、雪の舞い散るシンと鎮まり帰った真夜中に、本当に狼の遠吠えの声が聴こえてくるよう。

…ああ、狼に呼ばれている…

絵の傍に作者の手がかりを探してみたけれど… その壁面ギャラリーに陳列されている他の作品については作者の名前やメールアドレス等が何かしら添えられていたのに、その絵だけは、何故か何のインフォメーションもなく…

旅先の通りすがりに擦過した詠み人知らずの一枚の絵、より一層、心に残った。

 

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幸い、久しぶりに再会した友人もオオカミを見に動物園に行くことにも賛同してくれて、写真展を観終わったあと、札幌の初秋の夕方、円山動物園へ行ってみた。

森山さんの本のなかでは …よれよれに年老いた一頭のシベリア狼が、多少広めの檻のなかで、なんとなくオロオロと歩きまわっているばかりだった… とあったのだけれど。それから11年も経って、オオカミ舎は、観に来た人が安全に見学できる立派なガラス張りの施設に建て替わり、それなりに整備された放養場もあり、若々しい雄と、やや小柄な雌が、居た。

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2頭の狼は、檻のなかをぐるぐると足早に周りながら、牙をむいて噛みつきあい唸りあっている。…きっとじゃれているんだろう…と思いつつ、喧嘩のような迫力も感じられて…

意識的に狼に会いにくるのは初体験の私、だんだん怖くもなってくる。

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それでも、からだの大きな雄の狼が、鋭い目つきの中にも優しいまなざしを宿して雌をみつめているようで、ふと、なんだか愛おしくなってきた。

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翌年(2010年)は少し様子も掴めてきて、…札幌と小樽での森山大道さんの写真展を、やはり一泊二日でなんとかまわりたい…と、早割を使って、お盆休みもあけた8月下旬に旅の予定を立てた。小樽の観光局のサイトから、たまたまシーカヤックの情報をみつけて海好きの心を刺激され、1人でも参加できるショートツアーに申し込み、そのシーカヤックのサイトからリンクを辿って、小樽の北運河にある小さくてリーズナブルで心地よさそうな宿も運良くみつけられた。そうして、一日目は小樽、二日目の午前中シーカヤックを体験してからお昼のバスで札幌へ移動、また例の友人と円山公園の向こう側のバス停で待ち合わせをして、ランチのあと今度は先に円山動物園に寄り、最後にまた森山さんの写真展を観て帰る、相変わらずの強行軍を敢行した。前年に会いに行ったシンリンオオカミの「キナコ」と「ジェイ」に、どうしても、また会いたかったのだ。

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その夏は北海道も異例の暑さで、8月下旬でも、東京とさほど変わらないくらい。時間帯もまだ午後早いうちだったからか、狼たちは、暑さにやられて放養場の奥の日陰でグッタリしていた。しかも、2頭が3頭になっていた!!! 「キナコ」が出産していたのだ。初産だったらしく、しかも猛暑で…「キナコ」は皮膚がただれたように面変わりしていて、なんだか辛そう。

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「ジェイ」は家族を護る意識が芽生えているのか、暑いなかムックリとからだを起こし、妻と子を観客の視線から守るかのようにガラスの傍に走り寄ってきた。キリリと大人の貌になっていた。新しく生まれた子狼は「ルーク」。からだつきはだいぶ大きくなっていたけど、まだ鼻筋がポッテリとしていて子どもの表情。

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たった2回、会いにきただけなのに…しかも檻とガラス越しの人間都合の一方的な対面なのに…なんだか、狼の魔力にぐいぐいと惹き付けられる。 動物園で生まれ育つ飼いならされている狼ではあっても、目の中にやはり犬とはどこか違う光が宿る。野生の血が遠い記憶のなかで滾っているから、なのだろうか。。。

 

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一冊の本と、一枚の絵と、に導かれるようにして、狼に会いに行くことをもう一つの拠り所に、2009年、2010年、北海道への短い旅を終え、帰ってきてから、ジャック・ロンドンの「白い牙」、「野生の呼び声」を、あらためて読んでみた。2009年の暮れには、とあるサイトから、ネイティブ・アメリカンのアート作品紹介のリンクに入ってあれこれ辿っているうちに、オオカミの写真のカレンダーに行き当たり、たくさんある中でさらに心魅かれる写真のものを探していたら、なんと偶然にも、あの絵の「元」写真を発見してしまった!しかも私の誕生月がその写真に当たっていたので、さっそくその “WOLVES 2010” のカレンダーを購入し、2010年は仕事部屋で狼の写真に見守られて過ごした。

2011年は、森山大道さんの北海道巡回展もいよいよ<最終章>だったけれど、私自身の初個展の準備期間や会期と重なり、さらには大震災も起こり、その後なぜか作品発表の機会があれこれ続き、オタオタバタバタしているうちに、残念ながら北海道へ写真展を観に行く機会を見出せず… 楽しみにしていた狼たちとの3回目の逢瀬も、まだ果たせていないけれど。 今回この原稿を書くために 「キナコ」と「ジェイ」と「ルーク」は元気だろうか、と、あらためて円山動物園のサイトでシンリンオオカミを確認してみたら… なんと、去年の5月にはさらに双子が生まれていて、今では5頭で仲よく暮らしている模様。次にまた彼等に会いに行けるときには、何頭もの狼が群れて彷徨う姿を見られるかも!!

 

今週末 2月19日 (日) 夜10時~ のNHK ETV特集「見狼記 ~幻想の獣王を探す」で、100年以上前に絶滅したとされるニホンオオカミについての番組が放映されるそう。  狼との関わりを通じて、人間にとって都合の良い自然を搾取するばかりの自然とのつきあい方ではない、畏怖の念とともに自然を敬い親しんでいく術を、もう一度、太古の記憶から呼び覚まし学びなおしていく、ひとつのきっかけになるといいな、と、久しぶりにテレビを見るのが楽しみだ。
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