2008年の「君の椅子」 〜スタンプ〜 

表裏ひっくり返して、子どもの成長に合わせて違う座面の高さで座ることもできる

かつて私も取材撮影のスタッフの一人として関わっていた「THE NIKKEI MAGAZINE」の誌面で『命ことほぐ「君の椅子」』という記事を読んだのが2009年12月のこと。とても愛情深く地域活性にもつながる素晴らしい取り組みだと、ずっと心に残っていたのですが… ちょうど一年ほど前、日経本社ビルのホールで「君の椅子」プロジェクトについてのトークイベント開催というご案内が届き、しかも2011年の「君の椅子」のデザインを手がけたのは、大好きなアーティスト・大竹伸朗さんだと知り、喜んで参加してきました。
プロジェクト代表の磯田憲一さんのお話をじかに伺って、「君の椅子」プロジェクトに関わる人々の想いを知り、また、その日のトークのために、わざわざ北海道から持ってこられた6脚の小さな椅子たちも手に取って拝見することができ、小さな椅子の愛らしい勇姿から伝わってくる使命というのか…手間をかけ心のこもった無垢の木肌のやわらかな温もりに… 深く感動しました。

…つい先日、携帯電話の不在着信の履歴をみたら市外局番“011”と表示されていて、札幌から??と、不思議に思いながら折り返し電話をかけてみたら… 

なんと、去年のトーク終了後にご挨拶して少しお話もできた「君の椅子」プロジェクトの磯田先生からでした! 「明日から1ヶ月ほど、東京のOZONEというところで展示をやります。明晩、オープニングのトークもあります」との直々のご案内に、大感激!! さっそくその翌晩のトークを拝聴しに行き、あらためて取材許可をいただいて、展示もじっくり拝見してきました。

プロジェクトで生み出された 2006年から2012年までの「君の椅子」と “希望の「君の椅子」” 合わせて8脚の愛らしい椅子たち。(同時開催:「トーネットのこどもと人形の椅子」展)

○「君の椅子」プロジェクト とは…
旭川大学大学院の磯田憲一ゼミ(地域政策専攻)の、数年前の夏休み後のゼミ室で、大曲の花火大会を見て圧倒されたと話す学生に「夜空を焦がす10万発もすごいけれど、この北海道には、赤ちゃんが生まれると地域の人たちが1発の花火を打ち上げて、その誕生を祝う町があるんだよ。」と磯田先生が語りかけた… そんな小さな会話を発端に、子どもの誕生を祝福しその成長を温かく見守り続けて行きたいという願いを込めて企画され、地域に提案、その提案に共感した自治体から、その年に生まれた赤ちゃんのもとへ「生まれてくれてありがとう」「君の居場所はここにあるからね」という祝福のメッセージを込めて小さな椅子を贈り届ける、という取り組みです。

長い年月をかけて育まれた森の恵みから伐り出された無垢の木材を使用して、地元・旭川家具の優秀な職人とプロジェクトの趣旨に共鳴した第一線のクリエイターたちが力を合わせて製作し、暦年ごとに新しいデザインで作り上げられる小さな椅子たち。一つ一つの椅子に、生まれてきた子どもの名前と生年月日、ロゴと一連番号などを刻印し、まさに世界に一つだけの「君の椅子」となります。

2006年に北海道の東川町で始まって、翌2007年には剣淵町、2010年には愛別町、そして今年2012年からは東神楽町も参加され、これらの町で生まれた全てのこどもに、その年の「君の椅子」がプレゼントされています。

 〜2006年、生まれたきみに〜 プロジェクトの最初の椅子。4本の脚は1本ずつ材質が違い、それぞれ道産材の 板屋カエデ・カバ・ナラ・クルミ が使われている。

 2009年 〜いつでも一緒〜 授乳のときにお母さんがこの椅子に座ってお乳を飲ませてあげることもできるように… シンプルで柔らかな曲線の椅子。

○「君の椅子倶楽部」
さらに、「個人でも参加したい」と日本全国から寄せられる要望に応えるかたちで、2009年秋から、地域の枠を超え、参加費用を負担していただくことで個人でも参加できる「君の椅子倶楽部」もスタートしており、これまで日本各地の666人の赤ちゃんの元に「君の椅子」が届けられているそうです※

※希望の「君の椅子」は除く(2012年3月現在)

○ “希望の「君の椅子」”
2011年3月11日の、未曾有の大災害となった「東日本大震災」…想像を絶する状況の中、岩手県・宮城県・福島県では、104の新しい命が産声をあげておられたそうです。「君の椅子」プロジェクトでは、この日、未来への希望を携えて生まれて来たこどもたちに、逞しく健やかに成長してほしい、という願いを込めて“希望の「君の椅子」”を贈る取り組みをスタートされ、2012年3月までに98脚の椅子を贈り届けられました。(残る6脚の椅子も、いつでも贈り届けられるように準備しておられるとのこと)

大震災で予想もしなかったものまで壊れてしまった。だから、どんな状況にも負けない頑丈な椅子を作ろう… と、厳しい風雪に耐えたナラ材を使い、部材を組んで接着してから竹釘を打ち込む、など、大きな力がかかっても壊れにくい構造になっている

受け取る側は… もしかしたら、その日に生まれて来た子どものことを本当に素直には喜べなかったのかもしれない、、この椅子のことも、その日のことを思い出すから…と、なかなか喜んで受け取る気にはなれなかったのかもしれない、、、 

そんなデリケートな要素をたくさん孕みながらも、「3月11日に生まれた君へ」とプロジェクト一同からの手紙を添えて椅子を贈呈するために、12月~2月にかけ、7回にわたって岩手・宮城・福島の計41市町村を、磯田さんと共に各県ごとに東川・剣淵・愛別の町長さんも訪れて、椅子を手渡してこられたそうです。またこの椅子のデザイン・設計・製作を手がけられたクリエイターの方たちも、行程の一部に参加、一緒に椅子を手渡され言葉を交わされたそう。

そんな直接の人と人との触れあいからも、どれだけ、被災された受け取られる側の方たちの心が癒され、ほぐれ、素直に喜ばれたことでしょう。 今回のトークで、このお話を聴いて、去年トークを伺った時の感動をさらに大きく超えて、思わず目頭が熱くなってきてしまいました。

 ☆もデザインされている! “希望の「君の椅子」” の刻印

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暦年ごとにデザイナーと木工職人さんが替わり、それぞれに独自の個性を主張する 歴代の「君の椅子」たち。新しく生まれる命を祝福し、子どもとともに育っていく小さな椅子たちの、誇らしく深い慈愛にあふれる姿からは、かたちのよさだけでなく、手ざわりや座り心地のたしかな温もりも感じられ… 両親や地域の人々の愛情とともに、こんな素敵な無垢の木の椅子のぬくもりに抱かれて “世界でたった一つの大切な自分の居場所が、ちゃんとあるんだ” と、幼い頃から肌身に感じて、深い安心感とともに育っていける子どもたちは、どんなにか幸せでしょう。

2011年 大竹伸朗さんのデザインされた 〜椅子のようなかっこうをした奇妙で自由な時計〜  背もたれの左右の柱脚の高さがやや違っていたり、座面のカットも左右対称ではなかったり… 画一的な大量生産のものとは違い、一人一人の子どもの生来の個性を尊重するようにイメージされたのだろうか。

311の東日本大震災と福島原発の事故のあと… これから生まれ育っていく子どもたちの世代に、私たちは、どれだけの重荷を負わせてしまったんだろう… と、とてもいたたまれない気持ちを覚える昨今ですが。 経済的な豊かさと利便性ばかりを追い求めてきてしまった戦後の日本の社会の有り様から脱して… これを機会に、自然とともに、自然の恵みに感謝して地球の恩恵を皆で分ちあって、助けあい支えあって生きていく昔ながらの日本人の心を、もう一度、取り戻しながら生きていきたい。 

そんなきっかけの一つとして、この「君の椅子」プロジェクト、これからも、ゆっくりゆっくり絆を深め広げていってほしいなぁ… と思います。

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リビングデザインセンター OZONE での今回の展示は、島崎 信 氏の企画監修のもと、開催されています。好評につき、会期も9月4日(火)までに延長されたそうです!

よろしかったら、この機会に、愛らしく力強い「君の椅子」たち、お手にとってご覧になってみてはいかがでしょう。

生まれてくれてありがとう 「君の椅子」プロジェクト展
会場:リビングデザインセンターOZONE 7Fリビングデザインギャラリー
会期:2012年7月19日(木)~9月4日(火)10:30~19:00
休館日:水曜日 および 8/13(月)~8/17(金) 夏期休館
同時開催:「トーネットのこどもと人形の椅子」展
問い合わせ先:リビングデザインセンターOZONE
〒163-1062 東京都新宿区西新宿3-7-1 新宿パークタワー
TEL: 03-5322-6500
http://www.ozone.co.jp/event_seminar/event/detail/1334.html

「君の椅子」プロジェクト
http://www.asahikawa-u.ac.jp/page/kiminoisu_project.html

*この記事を書くにあたって、「君の椅子通信」 vol.1 2011年夏号・vol.3 2012年夏号/リビングデザインセンターOZONE での「君の椅子」プロジェクト展パンフレット を参照しました*

By Waka